『怪物のような顔(フェース)の女と溶けた時計のような頭(おつむ)の男』 平山夢明

『怪物のような顔(フェース)の女と溶けた時計のような頭(おつむ)の男』 平山夢明
 (『異形コレクションⅩⅨ 夢魔』井上雅彦監修 光文社文庫、『独白するユニバーサル横メルカトル』平山夢明 光文社、光文社文庫 所収)

 ―― 「ペディキュアはもうできない。鼻緒がついたものも無理。満足に歩くこともできんぞ」
    「私に歩く予定はあるの」 ――

 


 平山氏の裏社会モノはいつも面白い。おそらくはかなりデタラメなネタを、一種異常な説得力で織り込んでくるのが素晴らしい。
 例えば、「ブタエンコ」という恐ろしき言葉は、実はネット検索をかけても平山氏がらみ以外では用例を見つけられなかったりする。

 異形コレクションでは、比較的長いストーリーを求められるのと、巻ごとのテーマがあるのと両方の理由で、平山氏の裏社会モノには、もう一つのサブモチーフが加えられることが多いようだ。
 これまた、ただ衝撃作というには存在感重すぎの『Ωの聖餐』(『異形コレクションⅩⅣ 世紀末サーカス』所収)では、数学ネタが、もちろん本筋と関係ある仕方で、挿入されている。
 ただ、この作品については、怪物Ωがらみの凄惨なストーリーとの微妙に惜しいミスマッチを、私は感じた。

 一方、この長いタイトルの本作、偏執狂のプロ拷問師が見る固定された夢、というサブモチーフのフィット具合は完璧。個々の残虐描写も軽快に(酷い言い方だが)はじけ続ける。この作品の美徳は、まずこれら。
 冒頭の墓石は序の口、観覧車の中で魔法瓶が転がり、手術中にとんでもないことが起き、万国旗にノミに金槌にカニューレ、最後はグレープフルーツ用スプーンとコンビニ袋である。

 そして、異常な説得力は、このデタラメな裏稼業に直接従事する人々が、従来のこの手の話と違って、意外とメンタル弱い、ってところ。
 そんなもんかねえ?と考えてしまう我々は既に術中にハマっているのです。しかもこれは、思いつきの取って付けたネタなどではなく、ストーリーに深く深く関わっているのが、また巧い。

 細部だけで本筋については何も語ってない気もするが、文句なしに厭な、面白い話です。
 そして最後も、平山作品でもトップレベルと思える味わい深い締めくくり方。最後まで本当にかっこいい。

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