『仁助と甚八』 半村良

『仁助と甚八』 半村良
 (『能登怪異譚』半村良 集英社文庫 所収)

 ―― ……びっくりしたがな。その蛙(がつと)が俺に向かって人の言葉で喋っとる。……甚八……俺や……仁助や……。 ――

 『能登怪異譚』には『箪笥』の他に二つ、杉崎お気に入りの作品があります。
 その一つがこの『仁助と甚八』。上手く出来た作品で、展開の面白さもさることながら、舞台構造のぼやかし方が上手い。
 どういう系統の話か読んでる途中でも判然としないので、最後まで展開が読めるはずもない。

 怪異現象なんでもありの昔話的世界のように始まり、変な展開で古典落語のナンセンス噺風な味わい(そして本作の恐怖のキモはこれに由来する)も見せる。
 そしてやがて、超人対決ものみたいな雰囲気も漂ってくる。ただの農民だと思ってた仁助と甚八が人間以上の力をふるい始めるのである。
 でも最初の方で狐狸が化かすって話があるので、最後の一行に至るまで全部甚八の夢、っていうのが一番整合的な解釈のようにも思われる。
 が、それだと今度はタイトルがおかしい気もする。甚八がただ化かされるってだけの話なら、タイトルに仁助の名は要らないような…。

 二度三度読み直してもすっきりとしないのだが、このモヤモヤもまた、作品の雰囲気作りに貢献しているのは間違いない。

 それから、ナンセンス展開に引きずり込まれることが、こんなにもゾクリと怖いということを思い出させてくれる作品でもある。
 通常の物語世界だと勝手に思っていたら、いきなり土台が崩れる感じ。

 この作品の、その他の美徳は、過剰であること、徹底的であること、畳みかけること。
 この点については、読めば分かるのでここで私が何か書くこともないだろう。