『くさびらの道』 上田早夕里

『くさびらの道』 上田早夕里
 (『異形コレクションⅩⅩⅧ 心霊理論』井上雅彦監修 光文社文庫、『魚舟・獣舟』上田早夕里 光文社文庫 所収)

 ―― 長い紐で街そのものに縛りつけられた風船か、あるいは海底にがっしりと根を下ろした巨大な海草が揺れるように、幽霊たちは夕空を飛び交いながら人々に呼びかけていた。助けて、助けて、助けて――と。 ――

 とてつもなく怖かったので紹介すべきだと思った。
 が、よく考えたら、書くこと、いや、書けることが少ない。

 異形コレクションの『心霊理論』収録の作品は、すべて幽霊話なのは当たり前としても、私にとって困った問題は「理論」の方である。
幽霊話に理論的説明を付加してください、というのがこの巻のシバりであり、心霊実在論、否定論、どっちを選ぶのも自由。
 ここが作家の腕の見せ所なわけだ。
 だからレビュアーとしては、この作品はSF的な説明をしている、この作品はオカルト的な新理論を組み込んでいる、とか絶対書けない。
書いちゃうと、即ネタバレとなってしまうからである。
 当然この作品についても、そもそも幽霊発生のいきさつについては一切書けない。

 なので、違う角度からしか紹介ができないのだが、幸いにしてこの作品は「理論」以外の面でも、強烈な特色を持っている。
 それは幽霊話なのにパニックホラーだという点である。
 つまり、幽霊がまるでゾンビのように、日本を、世界を滅ぼさんばかりの勢いで大規模発生するのである。

「でも、それだったらゾンビのままでいいじゃん」などと言うなかれ。
 違うのである。
 歩く死体であるゾンビと違って、彷徨う魂である幽霊は、自由自在やりたい放題どこからでも現れる。
 それが単体でなく、大量発生するわけだから、なんでもありな悪夢の世界、ゾンビワールドよりさらに怖い世界(そんなものがあったのか!)が現出する。
 主人公は、そして読者は、地平線の果てまで続くオバケヤシキに放り込まれるわけである。
 ホラー好きにはたまらないシーンが、的確な文体と筆力、想像力でもって描かれている。
 もっともっといっぱい、この舞台設定での幽霊遭遇シーンのヴァリエーションを読みたかった、というのが唯一の不満かな。

 この作品より先に、こんなにも魅力的なアイデアを思いつけなかった自分が恨めしい。
 と同時に、何か全く違う形で、こういう地獄のような状況を描けないもんかな?とついつい何度も考えてしまう。