『穴』 飛鳥部勝則

『穴』 飛鳥部勝則
 (『異形コレクションⅩLⅤ 憑依』井上雅彦監修 光文社文庫 所収)

 ―― 穴が掘られた理由は知らないが、地元でよくないものだと思われていることだけは確かだ。 ――

 『憑依』からご紹介する二作品目。
 二作の共通点はとびっきりの怖さと語り手の超絶的技巧だと『ついてくるもの』の頁で書いた。
 あっちは、作者の誘導に気づいていようがいまいが問答無用で怖いタイプ。
 言い方を変えれば、再読してもやっぱり怖いタイプである。
 一方こちらの『穴』は、非常に巧いトリックネタが複数個所仕込まれているのが面白さのキモなので、ネタバレ厳禁なタイプ。
 だから何も書けない。

 だが、別の恐怖ポイントとして、かなり怖いと思った場面があるので、ここではそれについて書きたい。
 それはズバリ、タイトルでもある「穴」(作中では「舐め穴」と呼ばれている)の場面である。

 ホラーにおいては、被害者はすべからく、穴があればそこに陥るべきものである。
 かくして主人公は、陥る。当然出られない。帰れない。飢え干からびという生物的ピンチに加え、悪意ある幻覚までもが襲いかってくる。
 ここまでは、既定路線である。

 作者のセンスの冴えは、その穴を、どのようなものとして設定したか、である。
 この舐め穴は、半径5メートルほど、深さ10数メートルほど、内壁を石で固めた古くからある謎の人工物で、壁面はロープを用いてしか上下動できない急斜面である、らしい。
 そして山中にあるので、その舐め穴で独り遭難すると、偶然の発見、通報、救助もほとんど期待できないらしい。
 
 つまり、底無しでなく、さして広大でもなく、四、五階建て程度の小さなマンションと同じぐらいの大きさだと想像される。
 それでも落ちたら大怪我するか死ぬし、そこに置き去りにされればやっぱり這い上がれなくて死ぬ。
 人を放置し殺すのにちょうどピッタリサイズな、機能的な感じがとても怖い。
 もし自分が穴の底で飢え死ぬか狂い死ぬ間際、穴の上の縁で覗き込む顔があったとすれば、そのあざ笑う顔さえばっちり見えそうな、生々しい距離感が怖い。
 生還すべき地点が、はるか上空でなく、ほんの身長の数倍の高さにあるのに、どうしてもそこに到達できないってのも怖い。
 そのもどかしさ、無念さは、内壁が垂直でなく急斜面であることで、さらに強められているようにも思われる。

 何を一番怖いと思うか、は人それぞれなので、杉崎が怖い怖いと連呼しても全然ピンとこない人もいるかもしれないのだが、少なくとも、飛鳥部勝則氏と私の恐怖感覚がこの穴のデザインにおいて一致し共鳴したことだけは、揺るがぬ事実である。