『オヤジノウミ』 田中敬文
(『異形コレクションⅩⅠ トロピカル』井上雅彦監修 廣済堂文庫 所収)
―― 古賀は、忌名島の漁師の間で囁かれている〈毒島〉に関する伝説の一つを思い出した。この島の付近でサメに喰われて死んだものは成仏できず、ウミボウズに生まれ変わって波間を永久に漂い、水難者を護るというのだ。 ――
田中敬文氏の、ホラーに分類される短編作品群は、とにかく楽しい。
ただのユーモア小説、ギャグ小説とも言いにくい、グロ、不潔、不愉快描写と非人道展開のてんこ盛り。
(氏の作品のもう一つの特徴であるダジャレ趣味については、話が長くなりそうでもあるし、また別の理由もあって、今は触れない。)
これを「ブラックユーモア」と言ってしまうと上品過ぎる感じがする。
実情は、上品とは全く真逆である。「悪趣味小説」という言葉が一番しっくりくるような気もする。
もちろん貶(けな)しているのではなく、こういう路線は杉崎の大好物である。
実際に拙作にも、こういう方向性を目指したものがありますし。
だけど、私が田中敬文作品を楽しむ時、そこにホラーの愉しみを見出しているのか?という点が、ちょっと気になる。
言い換えれば、そもそも私は怖がっているのか?これは怖い作品なのか?という大問題がのしかかってくるということだ。
これは疑問というより反語だ。つまり、正直、あんまり怖さは無いのだ。
SFや奇想小説としてのおおらかさというか何でもアリな感じが、どんなに過激過剰な描写を読んだ時でも、私が恐怖を感じることを妨げている。
そういうわけで、これは優れたホラー小説というより、優れた悪趣味小説なんだよなあ、という理由で、紹介をためらった作品ならいくつもありまして。
ほんの一例を挙げると…
作品全体が信じがたい濃度のスプラッタ描写と反キリスト描写で埋め尽くされた『救い主』(『異形コレクションⅩⅩ 玩具館』所収)。
グロ表現をグルメ、そして調理というテーマと結びつけることで、最悪の生理的嫌悪感を獲得した『新鮮なニグ・ジュギペ・グァのソテー。キウイソース掛け』(『異形コレクションⅨ グランドホテル』所収)。
人の道を大きく踏み外した暴力描写が、異文化理解というテーマを言い訳にして垂れ流される『にこやかな男』(『異形コレクションⅩⅣ 世紀末サーカス』所収)。
いずれも、間違いなく傑作ではある。ただし、各作品の熱量は、読者を怖がらせる方向には向っていないと思う。
でもですね、『オヤジノウミ』だけは、今回ここで「凄いホラー」として採り上げたいと思う。
あらかじめ断っておくが、クトゥルー系の話だから、というのが理由ではない。
これは作品を分類する際に有用であるだけのタームであって、それが優れたホラー、つまり本当に怖い話であることを保証するものでは、必ずしも、ない。
さらにもう一つ言っておくと、実はこの『オヤジノウミ』もまた、上記の田中敬文短編ホラー作品群と、全く同じ路線上のものだ。
悪趣味、グロ、奇想。間違いなく田中敬文要素がこってり詰め込まれている。
だがそれでも、この作品は一味違う。
何だか妙にかっこいい、怪獣映画の序章みたいな始まり方、妙にサスペンスぶった話の移り行き。
物語全体に漂う、しっとり暗く陰惨な雰囲気。
そして海難に遭った父と息子の、命がけの親子愛描写。うっかりすると、少し感動してしまったりもする。
この作品は、いつもの余裕綽々(しゃくしゃく)な感じがやや薄い。
つまり、シリアス「っぽい」のだ。そういう風に、わざと書いているのだ。
であるからこそ、ここでは、作品のとてつもない面白さのベクトルが、良きホラーとしてのベクトルと重なり合っている。
……いや、でもやっぱり、半ばまで読んだところで、この作品最大の仕込みネタに気づき、怒っちゃう人すらいるかもしれない。
すると私まで推薦責任を問われかねず、ちょっと不安になったりもする。
しかし、そういう読者には、田中敬文作品とはそういうものだ、と言うしかない。
他の作品も読んでいただければ、納得いくだろう。
その上で作風を理解し、呆れて見放すか、熱心なファンになるかは、人それぞれだろうけれども。
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