『マスク』 町井登志夫

『マスク』 町井登志夫 
 (『異形コレクションⅩⅩⅠ マスカレード』井上雅彦監修 光文社文庫 所収)

 ―― 血管。肉。組織。
 水泡の中でレンズによってゆがんで拡大されるみたいに彼女の頬の内側の内部組織がすけて見えていた。 ――

 硬派な医学ホラー、この手のものはやっぱりリアリティがあればあるほど怖い。
 なので、この『マスク』という作品の前半、奇病の患者の病状がどんどん進行してゆく過程の描写、とにかく怖い。
 「水泡」「神経節」「浸潤」なんて単語がスラスラ出てくる小説は、私にはとても書けないな、と思った。
 知識が無いから、当然なんだけれど。

 全体として、ホラー短編としてどうなんだ?と言われると、後半の都市伝説と話を絡めた大展開、ちょっと単純すぎる気もする。
 が、結局血も涙もない、ひたすらうすら寒いバッドエンドに落し込む方向性は、医学ホラーというテーマの冷酷さとマッチしていて悪くないと私は思う。

 そして「マッチ」と言えば、文体も独特で、テーマとマッチした硬質で無機的な雰囲気が非常に巧く出せている。
 ここは文体分析の場ではないので、いちいち例文を書き写すことはしないが、一読して分かる特徴を書き留めておけば、読点を打たないのっぺりとした長文、かと思えば極めて短い文や体言止めを織り込み、接続詞を排除した叩きつけるような流れがあるかと思えば、「けれど」が文頭で繰り返し執拗に使用されたり…。
 かなりクセがある。しかしそれでいて、無駄なくスマートでスタイリッシュで、ちゃんと内容の怖さに貢献している、そんな、物語に入り込みやすい文体である。
 作者町井氏の本業が本当に医師かどうかまでは存じ上げないが、どこか理系っぽい文章という気がする。この点も、私には真似できない。

 そもそも人間ならば誰にとっても怖いに決まっている奇病テーマ。
 それを、ちゃんと医学的見地に立った上で書くことができるなら、もうそれだけで立派なホラーとなるということ。
 もちろん、自分や愛する人が原因不明の症状に苦しむっていう現象面を書くだけなら、誰でも書ける。
 だが加えてそこに、困惑し、分析し、仮説を立て、それでも裏切られる医者の視点を入れることができるならば、何倍も怖くなるということ。
 この作品は、そのことの、優れた実例である。

 この『マスク』を未読で、杉崎の下手な説明では医学ホラーってピンとこない、と思われた方は、別の優れた著名な実例があることを思い出していただきたい。
 それは手塚治虫の『ブラックジャック』である。
 ヒューマンドラマの印象ばかり強いかもしれないが、作品各話で描かれる奇病難病のくだりは、明確にホラーである。


 そして町井作品には、奇跡の名医ブラックジャック先生は、いない。
 これがどんなに最悪で陰惨な状況か、ご想像いただけるだろうか?