『カウ』 ジャック・ケッチャム&ラッキー・マッキー

『カウ』 ジャック・ケッチャム&ラッキー・マッキー

(『ザ・ウーマン』 ジャック・ケッチャム&ラッキー・マッキー著 金子浩訳 扶桑社ミステリー文庫 所収)

 ―― 頭が脊柱からとれる音が聞こえた。ウーマンは生首を岩の上に置いて作業を続けた。 ――

 ラッキー・マッキーという共著者の名が今回は付いているものの、文体、内容ともに、過去のケッチャム作品群と大きな違いがあるわけではないので、安心してお読みいただきたい。
 というか、ケッチャムを追いかけている人なら、ぜひとも読まねばならない、読まずにはいられない新たな一冊である。

 この『ザ・ウーマン』という文庫本は、約300ページほどの長編『ザ・ウーマン』と70ページほどのやや長い短編『カウ』から成る。
 つまり、ケッチャムの食人族ホラーシリーズの新作として、『オフシーズン』『襲撃者の夜』に続く3冊目、そして作品単位で見れば『カウ』は時系列的にも『ザ・ウーマン』に続く4作目ということになる。
 ちなみに『隣の家の少女』ほか胸糞サイコサスペンスやクライムホラーで高名なケッチャムだが、実は『オフシーズン』がデビュー作である。
 そしてシリーズ最新作である『ザ・ウーマン』においては、食人族テーマと胸糞サイコ系テーマが合流しているのも、興味深い。

 おそらく『カウ』は、いきなりこの作品から読み始めても、めちゃくちゃに面白い。それは多分、間違いない。
 突出した暴力とグロ描写、濃厚なエロスと乾いた笑い、被害者たちの背景描写、そして一気に読み切るほかない展開の楽しさ。
 これぞケッチャム!であり、現代最先端のグロ系ホラー短編とは、これほどまでに高濃度である、という事実にも驚かされる。

 しかし『カウ』は、面倒な短編でもある。
 本作における食人族側の状況と事情を完全に理解し、またケッチャムが仕掛けた冒頭の非常に衝撃的なサプライズを味わうためには、まずは長編『ザ・ウーマン』を読了していることが必須である。
 また、ウーマンが過去に何をし、何をされてきたのかを知るためには、さらに前作、前々作も読んでおかねばならない。そういう理由から、完全に独立した作品とは言い難いのである。
 とりあえず、最低限、長編『ザ・ウーマン』を読んでから続けて『カウ』に進むことを強くお勧めします。

 このシリーズを全くご存じない方のために、最低限の説明をすると、「食人族」といっても、一時代前に未開のアフリカとかアマゾンとか南洋の島にそういう部族がいて……という話ではない。
 舞台は完全に現代、21世紀のアメリカ最北部の、カナダ国境近く。
 その辺りには実際に今も広大な山林が広がっているらしく、狡猾でありさえすれば、何十年も文明と接触することなしに野人が生息することも可能な、そんなリアリティはあるらしい。
 そして「族」と便宜上表現されるが、何百何千人もの部族ではない。
 それだと、いくらなんでもさすがに発見されてしまう。
 そうではなく、「ウーマン」なる屈強な女ボスを中心とする、たかだか数人の集団である。
 だがそれでも、彼女らは、山に隠れ住む犯罪者などではない。野生の中で生まれ落ち、人間の言葉すら理解しない、生粋の野人である……。(この設定だけでもワクワクするほど面白そうでしょう?)

 『カウ』でも恒例の人間狩りシーンは見られる。
 これは『ザ・ウーマン』が異例の展開となったために発生した、惨劇シーンの不足という読者の欲求不満の、ガス抜きの役割を果たす。
 そして一方『カウ』での新機軸は、被害者である文明人と食人族との間に、通訳と説明役を兼ねた橋渡し役が置かれることである。
 このことにより、当然、圧倒的に面白くなる。話の流れだけを見るなら、シリーズのこれより前の長編三つよりも面白い、と言っても差し支えないんじゃないか、というぐらい面白い。
 
 もちろん、そういう便利キャラクターを安易に使うことにより、文明人と食人族、そして読者と作者の間に馴れ合いじみた空気が生まれて、作品のムードがぶち壊しになる、なんていう危険性はある。
 ホラーの作法における「説明し過ぎると、怖くなくなる」という、アレだ。
 だがこの『カウ』においては、その点、何の心配もない。やっぱり相変わらず、極限まで残虐非道な酷い話のままである。

 ただ、この橋渡し役導入と残虐なノリ継承との両立を成し遂げるため、支払われた犠牲もあるように思う。
 橋渡し役であるこの人物について、『ザ・ウーマン』から続けて読み進めた場合に、意外性が強すぎて、〈なんでこうなった?感〉がどうしても払拭できないのだ。
 それについての説明やフォローは、ごく短い紙数の当人の内面描写か何かでできたはずだし、実際読者の側で勝手に想像して補完するならば、こんな運命を辿るに至った事情も分からないではない。
 だからこの問題はシナリオ破綻ではないのだが、説明不足ゆえの説得力不足、という印象は、少しだけ残る。
 もちろん、そんなこと気にせず読み進めることができたなら、何の問題も残らないのだが。
 
 さて、最後に、どうでもいい告白。
 杉崎は、ウーマンが登場する場面を読むたび、なぜかつい、漫画『刃牙』シリーズの登場人物オーガそのものの姿で、ウーマンを思い描いてしまうのです。顔まで、あのまんま。
 「そもそも性別が違うだろ!」「漫画ばかり読んでないで小説に専念しろよ!」などと、いろんな方向からお叱りを受けそう。
 でも、もう半ば条件反射のように頭に浮かんでしまうので、自分でもどうしようもなくて困っています。
 皆さんの頭の中のウーマンは、どんな姿をしているのでしょうか?