『迷界図』 石神茉莉

『迷界図』 石神茉莉

 (『異形コレクションⅩⅩⅩⅡ 魔地図』井上雅彦監修 光文社文庫 所収)

 ―― 「地獄の絵なのね」
   「あ、はい、そうですね、地獄です」 ――



 『異形コレクション 魔地図』で、この『迷界図』の直前に収録されているのが、かの平山夢明『独白するユニバーサル横メルカトル』(以下略称『独ユニ』)。
 『独ユニ』を表題作とした平山氏の第一短編集が「このミステリーがすごい!」2007年第一位を堂々獲得したのは、御存じの通り。

 ただ、この場では『独ユニ』についても書くが、ページタイトルはあくまでも、石神茉莉『迷界図』である。
 なぜかというと。

 私は『独ユニ』が傑作短編であることに異論はないが、ただ、怖くないし怖がらせることを意図されていないように思うので、ホラーとして読めない。
 また、作品の世間での評価のされ方に難癖をつけるつもりはないが、謎解きではないからミステリというのもピンとこない。 
 (クライム・ストーリーだから、広義のミステリなのだってことでいいのだろうけど)
 そうではなく、私は、この作品は正統派で上質のブラック・ユーモア作品である、と考える。
 それが、『独ユニ』をこの場で採り上げない理由である。

 語り部ユニバーサル横メルカトルのキャラクター造形も天然ボケっぷりも良いセンスだと思うが、それにも増して舌を巻くのは、文体である。
 こんな文体で最後まで書けちゃうのがそもそも凄い。
 単純に、筆者の文章力、日本語能力の賜物である。
 どんなにいいネタを思いついても、ふさわしい筆力あってこそ、素晴らしい内容は初めて、形を得られる。

 個人的な話をすると、数多い、私が書きかけでほっぽらかしてある小説のネタの一つに、<ある皇帝の業績を、後世の歴史家が語る>という形式の話がありまして。
 少し書き始めて完全に頓挫してしまったのは、自分で決めた、常に(滑稽に思えるほどの)最上級の敬語でもって、偉大な皇帝を称賛しまくりつつ歴史を語る、という文体のしんどさゆえでした。
 もう、どうにも書けなくなってしまったのです、私の日本語能力では。

 そういう情けない個人的なもにょもにょもあり、『独ユニ』のような作品は本当に素晴らしいと思います。

 さて、そんな『独ユニ』の分量は全部で28ページ。
 それに続く『迷界図』は、パラパラページをめくると、とても短い。
 あれ? と思って数えると実に、11ページしかない。
 なぜ「あれ?」かと言うと、そんなにも短いという印象が全く無かったからである。
 『独ユニ』の次に、もう一つ印象深い作品があった、と確かに記憶していたのだが、実際読み直すまで、同じぐらいの長さだと思っていた。

 それぐらい、主人公である女性についての背景描写や、巧みなストーリー構成が、ずっしりしっかりしているということ。
 そしてもう一つ、こんな短さでありながら、ちょっとしたキャラクター小説になっている、という側面も、ボリューム、満足感を感じさせる理由に挙げてよいだろう。
 呪いの道具屋の兄妹の描き方が絶妙で、ただ何でもありで都合よく話を進めるだけの役割ではなく、ちゃんと生きている。
 特に兄など、一行ほどの短い描写が二度三度あるばかりなのに、その姿や表情が映像として見えてくるかのようだ。

 子供が描いた地獄の地図だとか、主人公のダメ亭主にまつわるドロドロだとか、そして結末そのものに至るまで、ひたすら陰鬱な話ではある。
 だが、この道具屋の兄妹の不思議さが、話のムードに、行き過ぎない絶妙なファンタジー性を付加していて、清潔感すら感じさせる。

 私も、こういう風に巧くキャラクターを使いこなせるようになりたいものだと思う。