『貢ぎもの』 菊地秀行
(『死愁記』菊地秀行 新潮文庫 所収)
―― その言葉遣い、言葉そのものの重さ――私はようやく、猛虎を相手にしているのだと思い知った。 ――
異形コレクション『未来妖怪』に所収の短編『疫病神』において菊地氏は、過剰壮大スケール短編とでもいうべき形式の決定版のような作品を提示してくれる。
ジャンルはホラーではなくSFというべきであろう。
作中に出てくる数字がいちいち一万倍~百万倍ぐらい過剰で、ついついニヤつきながら読んでしまうのだが、結局のところこの過剰に壮大な数値の数々が、単なるバカSFのネタではなく、作品のテーマである宇宙的規模の孤独と非情さの表現にちゃんと貢献していることに、読了後に驚かされる。
一方、今回ご紹介する『貢ぎもの』はギャグ作品では全くない。
<大英帝国>という架空の国の将軍自らの手により、<トキオ市>という架空の都市(しかも移動都市なのだそうだ)が空爆され、二千万の人が焼け死ぬ。
この大袈裟極まりない凄惨な架空の戦争シチュエーションを、しっかりとシリアスな扱い方で用いている。
それでいて、戦争そのものがテーマというわけでもない。舞台であることは間違いないが。
これは、一人の魔女をめぐる物語。
そして、立派な大人の軍人たちによる、男と女の、これまたいたってシリアスな物語。
核心に関わることなので詳細は書けないが、話の中心人物である老将軍の心情告白の場面の迫力と説得力は凄い。
作品全体の長さは、新潮文庫の比較的大きな字で、わずか23ページと5行。
話の分厚さに対して、この字数の少なさも信じられない。
最小の分量でちゃんとしたストーリーを描き、そこに説得力を付与すること。魔法のような技術だと思う。
こういう言い方は語弊があるだろうか? 菊地氏は「それっぽく」語ることの魔術師だ。
読み始めてほんの10ページ足らずの辺りで、もう読者は壮大な戦争小説の真っただ中にいるような錯覚を覚えざるを得ない。
そういう効果を与えるためにも二千万人の死者、という凄い数字は絶対に必要なのだが、大風呂敷を広げればそれでいいという問題ではない。
その大風呂敷を受けとめる、白けさせないための筆力。
私のような、先ほどから同じようなことをダラダラ繰り返し書いているような輩には、真似できるはずもない芸当である。
ネタバレ禁止の方針なので、核心部分の凄さについてもダラダラネチネチ書き綴りたい衝動を必死に抑えている私。
書き方の凄さばかりを言っているが、本当は内容もまたとてつもなく面白い、そんな、ホラー短編のお手本みたいな作品。
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