自作自解『ホーチミンから来た老人』


 最初のアイデア:

  牛丼屋で遅い昼飯をとろうと、席に着く。
  牛丼と生卵を注文する。
  隣の席に外国人がいる。
  私のより先に店員が運んだ、彼の牛丼と卵を、暗い怖い目で睨んでいる。
  すぐに私の牛丼と卵も来る。
  卵を割ろうとする私の手を、突然外国人が掴んだ。
  何するんだ?
  外国人は、片言の日本語で必死に訴える。
 「コノ店ノ卵ハ、食ベテハイケナイ。呪ワレテイル!」

***

 こんな変なシーンを、実際に仕事の昼休みに牛丼を食べながら、思いつく。
 今思えば、いくらでも短くまとめられそうな小ネタだが、そうはならなかった。 

 いろいろわけが分からない不条理な状況を投げっぱなしにするのが怖く、考え込んでしまったのが運の尽き。
 この外国人ってどんな奴だ? 主人公との関係性は? 舞台が日本の牛丼屋ってどうなのよ? ……???

 短い割に、かなりの難産だった。
 最初のアイデアにどんどん設定とエピソードが追加され、最終的には、20年前の台北の話、なんていう無駄に壮大なことになってしまった。
 しかも結局、謎は謎のまま放置することになっちゃうし。
 あまりにも毒がないので、最初と最後を書き直してブラックネタに改編するが、でも全然弱いまま。
 字数が増えれば増えるほど、全くの骨抜きになってしまった。これではまるで目黒のさんまである。
 
 コアになるアイデアと、書きたいストーリーの大枠と、この二つが準備されていれば、執筆はすんなり進むものだ。
 だが、コアだけがあってそこに後付けで話をこじつけようとすると、しばしば作業は難航する。
 そして、そもそも最初にイメージしていた着地点と違うところにすっ飛んでいく。

 <海外で体験したちょっと奇妙な話>を書くつもりは全然なかったのです。本当は。
 「いやいや、お前いきなり何言ってんだよ???」って不条理な驚きと恐怖、そして頭がおかしい人の戯言とも言い切れない不気味な説得力。
 そのあたりのドタバタを描きたかっただけのはずなのですが。

 まあ、こうなった以上、<海外で体験したちょっと奇妙な話>として読んでいただくしかないのです。