シナリオ会議


 「オツカレっす。今日は一段と、寒いっすね」
 「寒いよお。だって午後から、雪だってよ」
 「うひゃあ」
 「寒ぃ、さみぃ、サミーソーサ、ってね、ガハハ」
  ……

「以上が、状況です。状況の全てです」
 プレゼンテイターが、小学校の学級委員長のような口調で、報告を締めくくった。
 いきなり大声が響いた。評議員1のものだった。
「じゃあ何か? 登場人物は社長付きの若い運転手と、駐車場の初老のガードマン、その二人だけ!」
「しかも、シーンは一パターンだけ! 二人は毎日同じ時間に、一度だけすれ違う。会話はほんの短いものしか交わせない。これが来る日も来る日も続く」評議員2も声を張り上げ、それに続く。
「実に三年です」とプレゼンテイター。
「気が狂ったのか。それだけで物語が成立するわけがあるか」と評議員3。
「これが世界の全てなのか? 我々に、そんな世界を構築せよ、と?」評議員4は、独り言のように、我が身の不幸を嘆くように、呟いた。
 プレゼンテイターは、思わぬ逆境に早くも目を白黒させているが、会議を継続させるための用意はあった。
「ええ、ですから、オチを付けるのです」
「なんだと?」つまらなそうにしていた評議員5が、初めて真顔になった。
「ほう」と評議員6。しかし不信感が表情からにじみ出ていた。
 代表して評議員7が発言した。
「いくら策をひねったところで、結局アイデア一発ストーリーではないのか。低俗だ。安易だ。現代病だ!」
 プレゼンテイターは、虚勢を張って答弁した。
「そこは、質で勝負です」

 評議員8は、裁判官のように感情の無い声で言った。「続けたまえ」
「ですから私は、落し方を審議にかけたく、案件としてここにお持ちしたのです」
「我々に考えてもらおうってか? はん!」評議員9が露骨に嘲った。
「いいえ、アイデアはいくつも持参しました!」
 プレゼンテイターの声は泣き出しそうだったが、やけっぱちになって声量を取り戻しつつあった。
 評議員10が続きを促す。「というと?」
 プレゼンテイターは、終わりそうもないざわめきを吹き飛ばさんばかりに声を張った。
「アイデア1。ガードマンは、ロボットだった」
「弱い。却下」評議員11の重く冷たい声。
「では、アイデア2。ガードマンは心臓が無かった。ゾンビだった」
「それ、面白いか? ああん?」すかさず評議員12の罵声が飛ぶ。
「アイデア3。ガードマンは実在しなかった。心が疲れた運転手だけに見える、幻覚だった」
「ちょっと待った、あのな」評議員13の、意地悪な声。
「はあ」
 評議員13が言いかけた言葉を、評議員14が、プレゼンテイターに教え諭すように代弁した。
「君ね。そういう方向性を採るとするとね、それこそ、心の疲れの描写、という受け皿が必要になってくるんだ。受け皿とは、つまり或る程度の長さと複雑さを有する、物語だ」
 評議員15が発言権を求め、挙手した。窮地のプレゼンテイターは、少しホッとした。こういう場合、評議員同士でやりあってくれるのが、一番助かるのだ。
「ですが、それをやっちゃうと……」
「そうだ。やはり、前例がある。陳腐と言うより、むしろ、パクリだ!」
 話に入ってきた評議員16が、プレゼンテイターを一喝した。矛先はあっという間にプレゼンテイターに戻ってしまった。
 プレゼンテイターの声は、もはや消え入りそうだった。
「ではアイデア4。時間怪談の形式で、ガードマンは運転手の、落ちぶれた、未来のなれの果ての姿だった」
「ほう」と評議員17。
「ふむ」と評議員18。
 プレゼンテイターが初めて手応えを感じた瞬間、評議員19が口を開いた。この場で一番頭が良いのは自分だ、と言いたげな口調だった。
「待て。待て待て待て。それではダメだ。ダメなんだよ。そんなことも分からんのか」
「……なぜでしょうか」
「そのオチでは、生々しすぎて、筆者が今後永らくブルーになりそうだから絶対ダメだ。特例措置で、却下だ」
 評議員20が深く頷いた。
「そうですね。全くその通りだ。その通りに違いない」

 しばらく続いた重い沈黙は、一番上座で眠るように聴いていた長老によって、破られた。
「いつまでもごちゃごちゃと、君たちは」
 全員の背筋が伸びた。
 長老は、不適切なほどにゆっくりと言葉を吐いた。誰にも邪魔されることなく無制限に発言できる、そんな権力に慣れた者だけが体得できる口調だった。
「結局のところじゃな、ガードマンは、実は、元老院最高議長だった、でよいではないか」
 元老院最高議長、とは、すなわち長老の正式な肩書に他ならなかった。
「ガードマンは、つまり、わしの仮の姿はだな、他愛ない話をするふりをして、運転手を良き方向に導いてきたのじゃ。ずっとな。偉大な父親のようにな。どうじゃ? 良い話じゃろ。深いし」
 長老を除く全員の心の声が、合唱隊のように綺麗に揃った。
「(ねーよ!)」
 長老は、自分の発言内容に満足し、もはや席を立つ寸前だった。
「これにて決定。閉会。解散。皆、持ち場に戻れ」もはや誰の声かも分からぬ号令が、冷たく響いた。

 プレゼンテイターは、暗澹たる気持ちで会議室を後にした。トボトボ一人歩く廊下は、どこまでも長く続いていた。
 自暴自棄、という怪物が彼の中でムクムクと育っていた。評議員たちを、長い審議内容を、長老の鶴声を、全て無視するという恐ろしい決断が、ついに彼を貫いた。
「最悪だ! ふざけんじゃないよ! これじゃ、シナリオ会議をそのまま発表した方が、まだましだろ……」

(2014年 3月)