タテヨコ


 え? 何だって? 話の腰を折りなさんなよ。
 「タテヨコ」って普通の日本語だろ? 言わない? そうかな?
 じゃあ「ウラオモテ」は? 言うよな。「Tシャツが裏表になってるぞ」とか。「ウシロマエ」も言うよな。「車の入れ方、それじゃ後ろ前だろ」とか。
 「タテヨコ」も同じだろうが。縦と横がアベコベだってことだよ。
 「判子を押したらうっかりタテヨコになっちゃった」とかよお。角度を90度間違ったってこと。俺の地元じゃ普通にそう、言うんだよ。

 で、どこまで話した? まだ最初か。

 だからな、昨日の夜だよ。地下鉄が来るの待ってたらさ。
 酔っぱらってねえよ? 寝ぼけてもいねえ。
 電車が入ってくるのが見えるわな。暗闇のトンネルの中からホームに入ってくる。
 なんか変なんだ。
 よく見たらさ、電車が、タテヨコなんだよ。
 底を向こうに向けて、天井を俺のいるホームの方に向けて、横腹で線路の上を滑ってくるんだよ。
 そりゃあギョッとしたよ。当たり前だろ。でも……、それがどうも、事故じゃねえんだよ。脱線とかじゃねえの。
 見直したら、天井にドアがついてんのな。そんで普通にドアが開くの。そこから人がゾロゾロ出てくる。まっすぐ立って歩いてさ。普通。チョー普通。
 よく分かんねえけど、俺の見間違いだったんだなってホッと安心しかけたところで、追い討ち。
 タテヨコの電車から降りてきた奴ら、よく見たらさ、福笑いみたいに、目と鼻と口だけ、タテヨコなのな。

 え? 何だって?
 そういう不細工な顔の人だったんだろって? 違うよ! そういう意味じゃねえ。ああもう、分かんねえかな。
 目とか口がな、正しい位置に付いてて、縦に開いてるってだけなら、そりゃあただの個性的な顔の人、でしょうよ。
 けど違うんだよ。右のほっぺたに目が縦に並んでんの。顔の真ん中を真横に鼻が走って、その先の左のほっぺの真ん中に口。タテヨコになった口。
 絵で描いた方が早いんだけどな……。でもこんな説明でも、分かるよな? 判子をタテヨコ間違ったみたいな、とんでもないことになってんの。

 あんまり怖かったんで俺、貧血おこしたんだな。バタンってその場で倒れたみたいだ。でもまだ意識はあったよ。
 俺が倒れてタテヨコになったんだから、俺から見える景色もタテヨコだ。
 人もタテヨコ、ホームもタテヨコ、看板も柱もタテヨコ。
 でもな。
 顔面タテヨコ人間の顔面だけは、タテヨコのタテヨコだから、元に戻ってタテヨコになっていないわけなんだな。
 それが、ほんっとうに、不気味でな。
 横になったまま俺、うわーってなって今度こそ意識失って、救急車呼ばれたみたいだな。そんで入院。今に至る。……大丈夫か? 話についてこれてるか?

 結局何だったんだ、ってか?
 分かんねえよ。未だに俺、あれが何だったのかよく分かんねえ。
 今も寝そべってるだろ。俺が寝てるから、俺から見るとお前も医者もみんなタテヨコだ。
 ああ、大丈夫だよ。お前の顔も、ちゃんとタテヨコに見えてるよ。

 だけどな、俺、怖いんだ。
 こうやって寝てると、そのうち急にそのドアからさ、体はタテヨコなのに顔だけタテヨコじゃない人が、入ってくるんじゃないかって。
 そんな考えが消えてくれなくてよ、ずっともう、生きた心地もしないんだよ……。

(2015年 1月)