ヒルトンホテル


 白人やら黒人やら、五十人ばかり、ヒルトンホテルの垂直の外壁を登っている。レンガ造りを模した外装なので、ある種の人々は登攀意欲をかきたてられるらしい。ヒルトンホテルだから、登っている彼らはおそらく、いや、間違いなく、全員アメリカ人なんだろう。アメリカ人たちは大声で言葉を交わし、笑い合いながら登っている。あいつらは、黙って何かをするということができないんだろうか。
 高いビルだ、当然途中で落ちる奴もいる。あいつらは、人が登っている下は危険だ、という最低限の知恵も無視する。だから一人落ちるとその真下の数人が巻き添えとなる。落ちてゆく奴らは、惚れ惚れするような腹の底からの大きな悲鳴を上げて、満足げに地面に叩きつけられる。それを見ては、落ちなかった奴らも泣きそうな顔で神の名を叫ぶが、その一秒後にはまた上を向いて登ってゆく。大声でジョークを言い合うのは、十秒後といったところか。

 小一時間ほど眺めていると、ようやく十人足らずが屋上にたどり着いたようだ。奴らの喜びようは尋常じゃない。オリンピックで優勝したようなガッツポーズと雄叫び、どこからかアメリカ国旗を取り出してバタバタ降り始める奴、ほとんど全裸になってふざけている奴もいる。
 やがて裸の奴もそうでない奴らも肩を組んで歌いだした。よく耳にするが曲名は知らない、アメリカ人がめでたい時に決まって歌う歌。

 昼下りの摩天楼の森に響き渡るその陽気な歌声を聞きながら、彼らの仲間ではない私は、そして決して仲間にはなりたくないとも思っている私は、なんだかつまらないような、悔しいような気持ちに包まれている。私の周囲の見物人たちは、そして私も、ぼやくように同じ言葉を口にする。なんだかんだ言っても、アメリカ人ってすげえなあ。

(2014年 3月)