有山と霧谷と二匹の悪魔
     ――T君とその新しい家族に――


 有山と霧谷は、若い頃からのつきあいで、狂乱と退屈という二匹の悪魔がいつも二人の傍にいた。二人がまともな道を踏み外したのも、この二匹と無関係ではあるまい。
 そもそも二人が出会ったのは、霧谷が場違いな場所で、狂乱の悪魔の化身が描かれた黒シャツを着ていたからだ。それに気づいてしまった有山は、よせばいいのに思わず声をかけてしまったというわけだ。
 有山は、霧谷のように性格に問題がある風でもなく、温和な人格者で通っており、しかしなぜかいつも、誰も得をしない大ウソをついていた。そのたび周囲はなんともいえない怪訝な顔をし、霧谷だけが満足げに笑っていた。有山と霧谷は互いに、悪魔を讃える歌を教え合った。二人は違うサッカークラブを応援し、直接対決では勝った方が精いっぱい気をつかった。
 霧谷は日々退屈と戦いながら、狂乱に近づこう、と毎日もがいていた。一方、有山がどれほど狂乱を愛していたのか、については諸説ある。退屈についても、霧谷ほどには忌み嫌ってはいなかった、という説も根強い。しかし霧谷に言わせれば「いやいや、彼も相当なもんでしたよ」とのことだ。

 二人は当然労働すべき歳の頃、山奥の奇妙な城に逃げ込んでいた。そこは将来の全てを一切保証しない代わりに、当座の自由が無制限に与えられる特殊な城塞で、少しだけ霊園に似ていた。
 城の中で二人は、酒を飲み、本を読み、草サッカーをし、旅行に行った。泥酔女の暴走軽自動車にはねられかけた。東北の山奥の露天風呂で、とんでもない僥倖にも出会った。どれもこれも、平日の昼間から遊んでいたからこそだ。
 二人は、よく豚を食った。狂乱の悪魔への供物として、豚と焼酎を信奉した。牛より断然豚だった。豚の脂と強い酒があれば、何も要らなかった。少なくともその一夜だけは。

 しかし、二人はやがて気づき始めた。そろそろツケを払う頃合かもしれない、と。死ぬまでこのままでいられなさそうだ、と。二人はそれぞれに、詐欺師養成所から足を洗おうと決めた。決めたけれども、漂着した夜の無人島で、またダラダラと楽しい日々を過ごした。
「そういえば、交通事故とかでサクッと死ねなかったなあ。今死んでたら、勝ち逃げだったのになあ」
 これはどちらの言葉だったか。おそらくは霧谷だったろう。なぜなら霧谷はこういうことを本気で言いそうなクズだし、有山も似たようなものだったが、死ねない理由もあったのだ。有山はむしろ、「宝くじ、当たんねえかなあ」とよくぼやいていた。
 有山は、未来を持っていた。それは南国生まれの太陽だった。一方霧谷は、彼の未来を自分で追い出した。いや追い出されたのかもしれない。密かに所持していた狂乱の悪魔への供物が、物議をかもしたのだろう。とにかく霧谷は彼の未来より、狂乱の悪魔への信仰を選んだ。実のところは、転がるのをやめれば退屈に飲み込まれる、そのことに怯えていただけだった。
 有山は違った。退屈にまとわりつかれようと、狂乱と縁遠くなろうと、彼の未来を選んだ。ある日突然、有山は夜の無人島からトンズラした。それほどに、有山は彼の未来が大切だった。

 霧谷は、有山を見送った後、叫んだ。
「何言ってやがんでえ! 俺は、ツケを払いながら、一生遊び続けてやろうじゃねえか!」
 そう大見得を切った瞬間、深夜の無人島の床が抜けて、霧谷はその地下に広がる奴隷農場に転げ落ちてしまった。もう今じゃ、旨い豚肉を食う金も無いらしい。
 けれど霧谷は今でも、のんきに夢を見続けているし、今でも阿呆みたいに笑っている。狂乱の悪魔に捧げる呪文を、今夜もこっそり書き綴っているようだ。
 一方、勢い余って国の裏っ側まで逃げ延びた有山は、どうやら、退屈の悪魔とうまくつきあう方法を見つけたらしい。

 そんなわけだ。お分かりいただけたかな? そうやって、君は生まれたんだよ。君の人生に、幸多からんことを。

 

(2014年 3月)