白い箱


 うん、これね。
 あんたもしつこいよなあ。
 酔っぱらって秘密を喋っちまった俺が、悪いんだけどさ。

 そうこれ、これが、その、「白い箱」。

 この蓋をね、少しだけずらすんだ。
 おっと、今はやらないよ。
 蓋をずらすとね、この白いきれいな箱からね、真っ黒な煤の塊みたいなのがね、打ち上げ花火みたいに飛び出すの。スポーンってね。そんで空高く上がって、どこか近くに落ちるんだよ。

 粉になって降るのか? 塊のまま落ちるのか? 知らねえよ。どっちでもいいだろそんなこと。
 けどな、この黒いのが落ちた家にはよ、必ず不幸が降りかかるらしいんだよ。
 いや、わざわざ確かめに行ったりしないけどよ。そうらしいんだよ。
 なあに、不幸つっても、病気になったり、物が壊れたり、その程度。たいしたことないよ。多分な。
 だって俺、調整してるもん。蓋を開ける時は慎重にね、ほんのちょっとだけ隙間を開けて、できるだけほんのちょっとだけ、飛ばすんだ。ちょっとずつ、あちらこちらで、コマメにな。そうしないとアレだよ、フコーヘーだろう?

 え? どういう仕組みだ? って?
 知らねえよ。作った奴に聞けよ。俺も、誰が作ったかなんて知らねえけどよ。
 でも俺が思うに、この中に無限にネタが詰まってるわけじゃないと思うんだよなあ。いつまで経っても無くならねえもん。多分、自然に溜まってくんじゃねえかなあ、黒いやつは。

 まあとにかくだ、俺はこれをね、肌身離さず持って、あちこち旅してんの。あちこちで箱の中身を少しずつ飛ばすの。それが俺の仕事なの。こいつのおかげで俺はもう何十年もオマンマ喰えてんの。ほんとなんだよ。
 誰がスポンサーか? しつこいなあ、言えるわけねえだろ。実際俺だって知らねえしよ、誰が金を振込んでくれるのかなんて。口座がゼロになりそうになるといつの間にか金が入ってんだよ。昔からそういうケーヤクなの。

 あ? なんだと? 知らねえ知らねえの一点張りで、悪かったな!
 バカにすんじゃねえぞ。いいや、その顔はバカにしてる顔だ。信じてねえんだな。

 だけどよ、ほんとの話なんだよ。
 だってよ、去年の夏ぐらいのことだったかな、俺一回しくじったことがあるんだよな。
 そんときも酒だよ。酒のせいなんだよ。
 そんときもなんかベロンベロンに酔っぱらっててさ、夜中にこの箱を落っことして、ひっくり返しちゃったんだよなあ。箱の蓋が全部開いちゃってさ、黒いやつがそりゃあもうヒュンヒュン何百個も飛び出してって。
 まあ、あんときはさすがに焦ったね。黒いやつは、全部飛んで、どこかにいっちゃった。

 ん? ああ、遠くの町での話さ。
 そしたら、どうなったと思う? その町で何が起きたと思う?
 一日も経たないうちにさ、台風で土砂崩れになって、家がいっぱい潰れて何十人も死んじまった。
 あんときはさすがに、ちょっと気が咎めたよ。ちょっとだけだけどな。

(2016年 8月)