空腹


「腹、減ったな」
「腹、減ったな」
 もう今年の流行語大賞は、これで決まりだ。〈腹減ったグループ〉は、食いしん坊じゃない。あいつらはいつも、元気なく「腹減ったなあ」と言い合うばかり。ほとんどこれが挨拶の言葉みたいになってる。でも隠れてお菓子を食べたり、給食を他人の分まで食べたりはしない。あいつらは、自分じゃ何もしようとしないんだ。授業中はいつも寝てるし、休み時間は教室の隅に集まって、おしゃべりもせず、ただただボケーッと床に座っている。その様子にあきれて「なんか、宇宙と交信でもしてるみたいね」と言ってた女子もいる。
 ユウキは、腹が減り過ぎて体重5キロ減った、ってさ。そうは見えないけど。でも間違いなく変わった。前はあんなに明るかったのに、今じゃサルのぬいぐるみみたいだ。サッカースクールも辞めたって。

「先生、あいつら何とかしてください。おかしいし、気持ち悪いです」
「そうだな、先生も非常に心配だ。全力で調べてみる」
 先生は僕に、力強く約束してくれた。でも、何も変わらず一週間が経った。

 今年初めてのプール授業の時、僕は気づいてしまった。
 〈腹減ったグループ〉はみんな、おなかがへこんでたわけじゃなかった。ユウキもマコトもカズもみんな、おなかは全くなんともないように見えた。おなかだけじゃない。胸も背中も肩も手も足も、全然痩せてなかった。
 だけど、僕は見てしまったんだ。
 あいつら全員のおなかに、縦に真っすぐに、赤い線が走っているのを。

 僕は先生の所に走った。
「先生! 僕、見たんです」
「……ん?」
「この間の話です!」
「……んああ、もういいよ、めんどくさい」
 信じられなかった。あんなに熱血クソ真面目だった先生が、変わり果てていた。僕は泣きそうになったけど、まだあきらめきれなくて、先生の顔をもう一度しっかり見つめた。
 その時、僕は見た。先生のおでこに、横一直線に、前は絶対無かった赤い線が、一筋走っているのを。

 

(2014年 3月)