晩春の生ぬるい夜風吹き抜ける丑三つ時。
背の低い雑草の生い茂る空き地。
真っ白な痩せた猫が、これまた白い丸い石の上に、ちょこんと座っている。
そこに、夜闇から溶け出してきたような真っ黒な犬。
遠くから白猫に会釈をして、歩み寄る。
黒犬は白猫よりもさらに痩せ細り、さながら骸骨のよう。
鮮やかなピンクの首輪が、みすぼらしい見た目に不似合いだ。
赤い月だけが、二匹のけだものを見ていた。
黒犬が先に口を開く。
「例の犯人、見つかったんですか?」
白猫が、微笑みながら答えた。
「ええ、ようやく見つかったらしいですよ」
「まあ、非道い事件でしたねえ」
「そうですねえ、惨たらしかったですねえ」
「一家惨殺、ですもんねえ」
「ええ。一家五人、全員でしたもの」
「血の海だったらしいですね」
「五人分の血、ですもんねえ」
「なんとまあ、包丁一本でねえ。でもご主人さえ不意討ちで刺しちゃえば、後は女と子供ですからねえ」
「痛かったらしいですよ」
「怖かったでしょうねえ」
「苦しかったらしいですよ」
黒犬と白猫は、目を見合わせ、肩をすくめる。
「で、犯人は、どこにいたんです?」
「ああ、そうそう。犯人ねえ」
「そうですそうです、犯人です」
「犯人はねえ、なんと事件の家のすぐ裏の、薮の中で発見されましたよ」
「ええ? 盲点ですね」
「ええ、盲点です」
「でも、何でそんなところに隠れていたんです? 見つかるに決まっているのに」
「実際、見つかっちゃいましたしね」
「隠れるようなところが、あったんですか」
「ですから、薮の中にね」
「ずっと息を潜めて? かくれんぼじゃあるまいし」
「それがね、死んでたんです」
「あらら、死んでた」
「そうです。もう動きません」
「それなら、隠れられますね、狭い所でも。見つかるまでは、いつまでも」
「そういうことなんです」
「盲点ですね」
「盲点です」
「でも、何で死んでたんです?」
「それがまた、奇妙でしてね」
「と、いうと」
「自分で自分の心臓を一突きにして」
「自殺ですか」
「そうです。凶器の包丁でね。家族全員殺した、包丁で」
「そりゃ、凶器も見つからないわけだ」
「そうそう。一時はね、犯人は凶器の包丁を持ったまま逃走中か? なんて、騒いでましたね」
「人間たちは、町中大パニックでした」
「おっと、間違えました」
「おや、間違えましたか」
「正しくは、凶器の包丁と、被害者の三女の生首を持って逃走中か? でしたよ」
「ああ、そうでした。まだ八歳でしたっけ。惨いことですね」
「惨いことです」
「生首ねえ」
「生首ですよ」
「では、犯人が自殺して、事件は解決、ですか?」
「でもね、変なんです」
「はい? と、いいますと?」
「首がね、とれてたんですって。三女のことじゃないですよ。犯人の。その死んでいた犯人の首が」
「それはとても、変ですね」
「ええ、極めて、変です」
「近くに転がっていたんですか?」
「ええ、犯人の胴体のすぐ近くに」
「何を使って、切りとられたんですかね?」
「それがね、調べによると、また、包丁。一家惨殺と、同じ包丁」
「じゃあ、自分の首を自分で斬って、その後心臓を突いたんですか」
「そんなこと、不可能ですよ」
「そりゃ、そうですよね」
「まだ、変なことがあるんです」
「と、いうと」
「三女の生首」
「そういえば、どこに消えたんですか」
「あったんです」
「犯人の近くに、落ちていたとか?」
「落ちていませんでした」
「そうですか」
「犯人の方の生首ね、実は、皮だけだったんですって」
「中身が無い?」
「そう。中身が、無くなっていたんです」
「でもそれじゃ、ぺっしゃんこでしょ」
「それがね、犯人の生首の皮の中に、代わりに詰められていたものがあったんです」
「ほう。漬物石でも、入っていましたか」
「いえいえ。三女の生首が、入ってたんですって」
「なるほど、覆面みたいに」
「そう。ちょうど、覆面みたいに」
「でもそれって、どういうことですか」
「どういうことなんでしょうねえ」
「第一、誰がそれをやったんですか」
「知りませんよ、そんなこと」
「意味が、分かりませんねえ」
「ええ。全く意味が、分かりません」
黒犬は顔を上げ、クンクンと鼻を鳴らした。
白猫は目をつむり、ゆっくり大きな欠伸をした。
「それはそうと、犯人の頭蓋骨、どこにいったんですか?」
黒犬は、そう尋ねながら、ジーッと白猫の足元を見ていた。
雑草に埋もれて大半が隠れているが、よく見ると、ただの白い丸い石ではなさそうだ。
「さあ、分かりませんよ、そんなこと」
白猫は、品良く微笑んだ。
黒犬は、少し疲れたような顔をして、立ち去ろうとしていた。
白猫は、ずっと気になっていたことを尋ねた。
「それはそうと、あなたのそれ、よく見ると首輪じゃないようですね?」
「ああ、これですか。これは八歳の三女の、お気に入りだったリボンです」
「何でそれが、今ここに?」
「知りませんよ、そんなこと」
「よく分からないことばかりですねえ」
「世の中、よく分からないことばかりです」
「世の中、意味が分からないことばかりです」
(2014年 7月)