誰かがあそこで寝ている


 誰かがあそこで寝ている。僕が子供の時からずっと。
 きっと、僕が生れる前からだろう。

 二階建ての僕の家の、一階の廊下の突き当たり。
 物置部屋の、窓と反対側の、二面を壁に囲まれた隅に、二段ベッドが置いてある。
 子供用なのか、あまり大きくない。大人が横になれないこともないが、きっと窮屈だろう。

 僕は一人っ子のはずなのに、なんでこんなものが家にあるのか。そのことがまず分からない。考えてみればとても奇妙だ。

 二段ベッドの下段は、布団が取り除かれている。底板に、適当に無造作に大小様々の段ボール箱が積み上げられている。
 誰かが居るのは、上段だ。
 上段にだけ分厚いカーテンがかかっている。

 僕はそこで、誰かがずっと寝ているのを知っている。
 なぜ知っているのだ? と言われても困る。いるとしか、思えない。そうとしか感じられないのだ。
 そこには、常に、そして今も、れっきとした気配がある。誰かが起きて動いている気配や物音ではない。何の音も聞こえたことはない。
 だから、その人はきっと、寝息も聞こえないほどとても静かに寝ているのだ。しつこいようだが、僕にはそうとしか感じられない。

 それなのに僕は、小さな子供の頃から、高校二年生の今に至るまで、カーテンの向こうを見た記憶がない。なぜ記憶がないかというと、見たことがないからだろう。
 そこで、誰かが寝ている。それを当然のことだと思って、僕は今まで十七年間生きてきたのだ。

 そんな僕が、ついにカーテンに手をかけた。
 先月のことだ。
 半年間片思いしていたクラスの女子に、人生で初めて告白したあげくふられたとか、模試の結果がシャレにならなくて生れて初めて自分の将来を真面目に悲観したとか、とにかくいろいろあって、要するに、僕はやさぐれていた。
 なぜあの物置部屋に久しぶりに足を踏み入れたのかは思い出せないのだが、小さな二段ベッドの前に立って、よし、今日こそカーテンの向こうを見てやる、そう強く決意したのは憶えている。

 おそるおそる、という感じではなかった。
 内心、相当ドキドキしていたのだが、あの日の僕はかなり大胆に、荒っぽくカーテンに手をかけた。

 その時、声が聞こえた。間違いなくカーテンの中から。

「やめとけ」

 その声は僕にとても似ていて、しかし僕より暗い口調で、僕はその声の主を絶対知っている気がするのに、それが誰なのかどうしても思い出せなかった。

 あの日以来僕は、東京の大学に受かって独り暮らしをするため、つまり、この家を出るため、ひたすら猛勉強に勤しんでいる。

(2016年 8月)