音楽会の夕べ

 

 

 錆びたボルトで石畳に打ち付けられた線路の上を路面電車は進み、やがて停車場に差し掛かって速度を落とした。窓から見える真っ赤な夕焼け、煌々と車両内を貫く西日。労働者の汗の臭い。質素なトウモロコシパンの焼けた匂い。私が子供の頃と何も変わらぬ町の空気。 

 発車間際、閉まりかけたドアに、婦人と十代半ばの髪の長い少女が駆け込んできた。 

「お母さん、間に合ってよかったね」 

「すぐ、三つ目の停車場だよ。今からもう降りる準備をしておきなさい」 

 二人とも楽器のケースを持っている。クラリネットか何かだろうか。 

 その後も停車場に着くたびに乗客が乗り込んできた。楽器のケースを持っている人が目立つ。バイオリンケースが多いが、中には大きな金管楽器が入っているのであろう巨大で立体的なケースを持つ人もいる。年配の男性もいれば妙齢の婦人もいる。 

 その人々は一様に黒を基調とした品のいい服を身に纏い、やはり黒かそれに近い色の帽子を目深く被っていた。運転手が仕切り窓を開け大声で「まもなく中央公園入口に到着!」と告げる。電車の扉が開くと、彼らは整然と降りていった。 

 ああ、今日は葬式があるんだってな……。乗客が声を殺して囁き合っている。 

 私も演奏家たちの後について路面電車を降りた。今日は彼らの音楽会を聴かせてもらうのだ。 

 

 中央公園の広場に百人近い人が集まっている。大半が音楽家で、私のような野次馬の方が少ないぐらいだ。 

 演奏隊の一部は楽器を持っていないが、彼らは合唱の担当だろう。やはり黒い服を纏(まと)い、緊張した面持ちで楽譜とにらめっこしている。楽器担当の人々はそれに加え調律にも忙しい。面持ち、と言っても帽子で目つきは分からず、やや青ざめたように見える口元あたりの顔色と全身から窺われる決意の感情によってそう見えるだけだ。 

 指揮者と思(おぼ)しき人物が駆け回っている。彼はおそらく主催者とは違う。彼もまた、個人の音楽家として参加しているのではないだろうか。夕べの音楽会では、誰が主催者だったのかは、たいていの場合不明のままである。 

 

 指揮者が、粗末な箱を積み上げて作った、さして高くもない指揮台に登る。演奏家たちの目が彼に集まる。この指揮者だけは、目立つ所に立たねばならない必要から、帽子の他に大きく真っ黒なサングラスをかけ、鼻から下と両頬に豊かな髭をたくわえている。これが終われば人相を変えるためにすぐ剃り落すのだ。 

 指揮者は懐から小さなメモ紙を取り出して片手に持ち、それをチラチラと見ながら言葉を発するタイミングを窺っている。これも、彼が主催者ではなく他の参加者と同等な立場でこの役割を任されているだけだ、ということを強調するための演出のようなものなのだろう。自分が堂々たるリーダーである、と受け取られたくないのだ。 

 

 しばらくの沈黙の後、指揮者は声を発した。 

「ダニエル・ガルシア氏の志半ばでの死に、我々の音楽を手向けよう」 

 音楽家たちは厳かに唱和した。

『ダニエル・ガルシアの死に、我等の音楽を!』

「すべてを大いなる手に委ねよう」 

『すべてを、大いなる手に!』

 指揮者が指揮棒を高く掲げ、スッと振り下げると、弦楽器の低い音色が夕暮れの公園に響き渡り、演奏は静かに始まった。

 

 

 半時間足らずの演奏が終わると、私はその美しい調べに満足して一人家路についた。

 翌朝の食卓で私は執事に、町売りのタブロイド紙を入手できる限り全て買ってくるよう命じた。新聞は出社してから自分の部屋で読む習慣だったが、この朝ばかりはそれまで待てなかった。

 前日音楽が捧げられたのはピンタードではなかった。私は中央公園で音楽会が開かれるという情報を入手して、わざわざ庶民的な服を用意させ、運転手に車を出させることもせず、身分を隠し自分の脚で見に行ったのだ。

 ピンタードではなかったのは拍子抜けだったが、あの音楽会はいつ聴いても良いものだ。いかにも市民の手作りらしい素朴さがある。そしてそれでいて厳粛で、演奏者たちの真摯な思いが音の一つ一つに込められている。なにより、いつも新しい楽曲が聴けるのが良い。一度きりの音楽会のためだけに、つまり今回であればガルシアという人物のために、新しく楽譜が書き下ろされた曲なのだ。

 すぐに執事が四種類の新聞を恭しく持ってくる。執事にも手伝わせ、殺人事件、不審死、訃報の欄からダニエル・ガルシアという名を探した。

 まず執事が記事を見つけた。私が見ていた方の新聞にも同じ事件の記事があった。

 

 ……ダニエル・ガルシア氏(六十九歳)は二十八日午後七時頃、自宅書斎で失血死しているところを家人に発見された。警察は事故と他殺の両面から捜査中。氏はN州M地区教会管区長を長年務めており、先日汚職の発覚により、地元信徒を中心に批判の声が高まっていた。本人は事実関係を強く否定していたが、……

 

 ああ、なるほど、ガルシアとはあの坊さんのことか、と納得がいった。N州M地区とはこの町を中心とする地域に他ならず、彼の汚職発覚のニュースを一週間ほど前に新聞で読んだ気もする。私財着服のみならず、長年に渡り大勢の女性信徒に性的関係を強要していたらしい。記憶にも残らぬありふれた事件だ。

 そして二十八日午後七時とは、前日のあの音楽会が演奏を終えた、ちょうどその時刻である。

 

 突発的な音楽会による呪殺は、法で取り締まることができない。物理的な因果関係など証明できるはずもないからである。しかし今では、国民は誰でもその実効性を認めている。過去十数年で何人もが実際に死んでいる。だが、数年前にあるサッカー監督が連敗の責任を取らされる形で熱狂的ファンの一団に呪殺されたことがあった。その時にはさすがに、部外者のみならず、そのチームのファンでもほとんどの者は、顔を顰(しか)めたものだった。これをきっかけに人々の間に、この行動の暴走は民衆に幸福をもたらさず、乱用は好ましくない、という暗黙の合意ができ上がった。それ以来本当に死すべき者しか殺されなくなった。

 歴然とした事実である音楽会による呪殺は、広く知られていながら決して公然とは語られない。あくまでも公式な事実としては、社会的非難を受けた著名人の妙にタイミングのよい変死が頻発しているだけである。支配層からすれば社会不安の種を増やしたくはないし、何より自分たちの権益や命を脅かしかねない手段があることを表立って認めたくはない。呪力を行使する側からすれば、このような超法規的手段の獲得は喜ばしいことであるが、公式に認知されるよりは暗然たる威嚇力として所持する方が得策であり、また、自分や自分の家族が殺人に加担したということも認めたくはない。彼らはあくまでも、ある特別な仕方に従って音楽を奏で「祈った」だけなのだ。

 

 有名人、為政者、権力者は、大衆の怒りを買って音楽会の祈りの対象に成り果てぬよう、マスコミの買収をはじめとする情報操作(これ自体がスキャンダルとなりかねないので慎重を要するのは言うまでもない)、扇動、自己アピールに必死である。もっとも人気取りは彼らの本来の仕事の一部だった項目であり、もともとお手の物であった。それによほどの恨みを買わねば死ぬことはないことも分かってきたので、特段の社会不安は起きていない。

 

 かくいう私も権力者の一人であり、潜在的に呪殺の標的になりうるので、調べられる限りのことは調べてみた。結局多くの市民が知っていること以上のことは知りえなかったが、私が知るかぎり、呪殺は次のような段取りで行われる。

 

 まず、音楽会には人手がいる。誰かに対して数人が怒っているだけでは話にならない。もっと最低でも数百から数千、数万の、本気で怒り殺意を抱いた大衆が必要である。したがって必然的に標的は著名人や重大な犯罪事件の犯人に限られる。

 そうして誰かが大勢の怒りを買い、その罪は死に値するとの空気が出来上がると、自然と誰かが音楽会を企画する。特定の組織が独占的に動いているということではない。呪殺の方法の肝である、演奏される曲の構成法は広く知れ渡ってしまった。十数年前、誰かが発見したか、過去に発見された秘伝を公開してしまったのだ。この技術が特定の政治組織や国家に独占されていたら大変なことになっていただろうが、現状では報復合戦が起きかねないので、政治的に悪用された例はない。少なくとも、知られている限りでは。

 その作曲の技術については、音楽理論を熟知している者、具体的にはオーケストラの楽曲を作曲できる程度の者が一人いればそれで事足りるらしい。そして出来上がるのは、或る特別な形式に則った多様な楽曲であり、誰が聴いてもただの美しく優しい夕べの曲なのである。

 

 音楽会開催の場所と日時は徹底的に隠匿されたまま、参加を志願する音楽家が集められる。秘密裏に事が進められるのは、当然標的から妨害される可能性を排除するためだ。かくして、演奏家たちはある日ある時間に突如湧き現れて、決められた場所に集合する。彼らは標的の死を願うものだけで構成されている。楽譜はその当日配布され、すぐさま演奏される。そして、演奏会の最初に名を唱和された者は、確実に、死ぬ。

 

 

 あのガルシアのための音楽会から数日、待ちに待ったニュースが飛び込んできた。ガルシアの時は不完全な情報で、私は誰のための音楽会か不明のまま足を運んだのだったが、今度の情報こそは、間違いなくピンタードのための音楽会が開かれるというものだった。

 

 私は音楽会が開催される広場に向かっている。そこで葬られるはずのピンタードは、長年私の側近だった男であり、我が社の副社長に納まっていた男である。そして私と我が社に対し、そしてなにより国民に対し、重要な裏切りをした卑劣漢として憎まれている。

 我が社をひと月前に襲ったあのスキャンダル。数年前より我が社の上層部が取引先と癒着し、社の工場に法で禁じられた種類の原料を納入させた。それには本来廃棄されなければいけない物質が混入しており、膨大な賄賂が或る人物の懐に入った。その結果、沿岸の十万人の住民に深刻な健康被害を与えかねない有毒物質が、我が社の工場から海に垂れ流されることになったが、運が悪いことにその事実がおせっかいな人々の調査によって発覚してしまった。

 賄賂を得た人物というのは私だったのだが、私はピンタードにすべてをなすりつけた。ピンタードは私と全面対決の姿勢に入るかと思いきや、ショックで廃人のようになって自分の屋敷に籠ってしまった。それにつけこみ私は公式の記者会見で「長年の盟友であるピンタードが、そんなことをしたとは信じたくない」と中立的な立場を示し、同時に裏で記者に私に有利な記事を書かせたため、国民は私を許し、世論はピンタード悪役説一色に染まった。当然、すぐにピンタードのための音楽会が開かれるであろうことは誰の目にも明らかだった。

 私もいい大人なのだから、家でおとなしくしていればよいようなものだが、どうにもじっとしていられなかった。ああ、私の身代わりになって人々の非難を一身に受けている間抜けなピンタード! そんな彼を恨み殺そうとする、武器を得て有頂天になっている無能な大衆どもがはしゃぐ姿。愚かな彼らの演奏と声、無実の者を殺して歓喜する姿を、ぜひこの目この耳で味わいたかったのだ。

 

 一つの目的意識のもとに静かに高揚していた広場一帯の空気が、不意に静かになる。

 指揮台に立ったのは、今回は覆面の男だった。マイクを握っている。それ以外は前回と違ったところはない。マイクを持っているのは、楽器を持つ演奏家の数が前回とは桁違いだからだ。数百人はいるだろう。沿岸に住む十万人の代表だ。おそらくかなり遠くの州からも集まってきている。表情には出さないが、みな静かに、そして激しく怒っている。

 そんな中、私だけが一人、内心いたずら小僧のようにウキウキしていた。

 

 時間が来たようだ。皆が固唾を飲んで壇上の指揮者を見ていた。会場を沈黙が支配した。

 すると、無言で立っていた指揮者が、おもむろに覆面を取った。僅かに人々はざわついたが、それもすぐ止んだ。

 私は目を疑った。ピンタードではないか! しかし異様なことに、演奏家、聴衆、野次馬、誰一人騒ごうとはしなかった。壇上のピンタードは言った。

「皆さん、私の無実を信じていただき感謝します。先日秘密裏にお伝えしたあの内部資料を見ていただければ、誰の目にも、民衆の真の敵が誰かということは一目瞭然であったと思います」

 みるみる私は頭に血が上り、自分でも何がなんだか分からなくなった。その時私は一人の市民、しかも私自身が流したデマに踊らされた愚かな市民となって、思わず叫んでいた。

「なんでピンタードがそこにいる! 人殺しの極悪人ピンタード!」

私は石を投げようとしたが、周囲にいた体格のいい男に、すかさず手と口を押さえられた。今、音楽会が始まろうとしている。一切の騒ぎは許されない。他の人々は私に、何をやっているんだ、静かにしろ、と言いたげな冷たい一瞥をくれて、すぐ壇上に目を戻した。

 ピンタードのスピーチは続く。

「ジェシーが私の長年の友人だったことは否定しない。だが私は、傍にいながら彼の犯した罪に気づけなかった。だから私はここに贖罪に来ました」

 私を押さえつけた男は、ヒソヒソ声で、そして顔に似合わぬ親切な声でこう言った。

「あんた、あの回覧文書を読んどらんのだな。早まっちゃいけないよ。我々民衆の本当の敵、工業廃水事件の犯人はな、実はピンタードさんじゃなくて……」

 そこまで言って男はギョッとした。

「あんた、まさかサンドバル社長か?」

 私はその男の手を振り切って、人をかき分け逃げ出した。

走る私の背中にピンタードの声が届く。長年私に青臭い諫言を繰り返してきた苛立たしい声だ。

「私は、贖罪として、勇気をもって皆さんの仲間に加えていただく。では始めましょう」

 ピンタードは一呼吸置いた。会場は緊張感を伴って静まり返った。私のドタドタという足音だけが響いていたが、誰も注目すらしなかった。

「我々の真の敵、罪深きジェシー・サンドバル氏の志半ばでの死に、我々の音楽を手向けよう」

『ジェシー・サンドバルの死に、我等の音楽を!』

「すべてを大いなる手に委ねよう」 

『すべてを、大いなる手に!』

 

 演奏が始まった。音楽会の標的は私だったのだ。私は頭を抱え走って逃げ続けた。広場を飛び出し、走りに走った。すでに公園の音楽など耳に届かない距離まで来ても、それでも走った。逃げられないことは分かっていた。

 突如私の腕に、鋭利なナイフで浅く切ったように赤い線が浮かび、痛みとともに血が噴き出た。私の周囲の空気に楽器の音が伝わり震えているようだった。あるいは細いギターの弦のようなもので鞭打たれているようでもあった。人々の怒りはどこまでも執拗に追ってくる。続けさまに背中が切れ、頬が切れ耳が切れた。服もずたずたになり、ペンキを浴びたように血塗れになった。

 私はたまらずしゃがみ込んだ。その後も私の全身は空気の弦によって切り刻まれ続け、多くの通行人が見守る中で、無様に大量の血を噴き出しながらのたうち回っていた。こんなに血を流しているのに、まだ次から次から新鮮な鋭い痛みが襲いかかってくる。

 

 こんなことならば、私は後悔していた。こんなことならば、広場に留まっていた方がまだましだった。そうすれば、せめて美しい音楽の中で死ねたのに。

 広場の音楽会は今まさに、素晴らしいクライマックスにさしかかったところだろう。

 

(2011年 11月)