少女を夢に見る、およびそのヴァリエーション

 




 子供の頃から、よく見る夢があります。
 いえ、違いますね。間違えました。
 夢は、その時々でいろいろです。
 その夢の中に、よく同じ女の子が出てくるんです。
 知らない子です。
 年の頃は、たいてい、夢を見ている私と同じか少し年下ぐらいに見えます。ええ。その時々で違います。そう言う私も、実際は十五歳の時でも夢の中では十歳だったりとか、いろいろですけど。
 あれ? 私だけじゃなくて、誰でもそうですよね? 今より小さかった頃の夢とか見ますよね? ええ、そうですよね……。

 私、子供の頃から、その女の子に、勝手にミツキって名前つけてました。理由ですか? 実は、私が子供の頃ミッキーマウスが好きだったから、なんですよね。もう。笑わないで下さい。
 でも私、別にミツキが好きでも嫌いでもないんです。気にしてるわけでもなくて。
 ミツキは、ただのわき役なんです。違うな。モブ、っていうんでしたっけ。通行人役っていうか。夢の中にそういう人がいるっていうのも変だけど、ミツキはいつもそんな感じなんです。
 私が夢の中で街を歩いてますよね。そしたら、すれ違ったりするんです。ミツキと。
 夢の中で電車に乗ってると、同じ車両の大勢の人の一人がミツキだったりとか。
 でも私、一度もミツキと話をしたことはないんです。はっきり言って赤の他人です。私の方ではミツキがいると気づいて、しばらく見てたりもするんですけど、向こうがこちらを気にしたことは一度もなかったですね。
 それに、ミツキが主役の夢、っていうのを見たこともないんですよ。
 学校の夢とか、友達との夢とか全く関係ない夢を見てる、その最中に、ちょっとだけミツキが姿を見せる、何の意味も無い。いつもそんな感じでした。
 え? ああ、違います。その謎のミツキが気になってしかたがないから、なおさら夢に見てしまう、なんていうのは全く違います。もう子供の頃からずっとだから、慣れちゃって、どうでもいい感じ。
 子供の頃は名前つけて面白がってたりしたのかもしれないけど、今じゃ、いつもの人、ってぐらい。あ、またミツキが夢に出てきたな、ってほんと、ただそれだけです。

 それが、先日の夢でのことなんですけど……。
 私は今短大通ってて一人暮らしで、母は実家にいるんですけど、その母の夢を見たんです。
 その夢の中では、私は多分高校生ですね。少し前の頃の夢です。
 事情というか脈絡はもうよく分かんないんだけど、割とくだらないことで母にお説教されているんですよ、私が。
 実家にいた頃はよくあることだったし、まあ、平凡なつまんない夢です。場所は実家の茶の間でした。
 広くもない茶の間なのに変ですけど、夢の途中で、そんな母と私のそばをミツキがスーッと歩いて通り過ぎて行ったんです。私の夢の中ではよくあることです。
 ミツキはその時、制服は来てなかったと思うけど、高校生か中学生ぐらいの感じだったなあ。
 私はうるさい母にうんざりしてたから、なんとなくミツキを目で追いました。そしたら母が、もっと怒りだしました。
 で、こう言うんです。
「ミカコ、叱ってる最中にどこ見てるの! それに、あの子はもう死んでるんだから、見なくていいの!」
 あっ! って。
 ああ、そうかあ、って。
 私、夢の中ですけど、その時になって初めて分かったんです。
 急に、はっきり分かっちゃったんですよ。
 ミツキは、私の、二歳で死んだ妹だったんです。

 ええ。
 実際、そんな一つ違いの妹がいたんだそうです。私は憶えてないし、名前も全然違いますけどね……。
 目が醒めてから、とても不思議な気持ちになりました。
 なんで今まで気づかなかったんだろう、って。ミツキの目鼻立ちは、母とそっくりだったのに、って。




 こんなにも話がこじれてしまった。
 母さんが怒るのも無理はない。
 ヤヨイまで母さんの味方だ。偉そうに、母さんの横に立って、ずっと私を睨んでる。腕組みなんかして。
 妹のくせに、ヤヨイは最近、私を軽蔑しているところがある。
 私より偏差値の高い高校に入れたからって、勘違いしているんだ。
 ヤヨイは、母さんが何か言うたび、そうよねえって感じで相槌をうつ。その顔も仕草も母さんそっくりだ。それがすごくムカつく。
 私はヤヨイを睨み返した。
 母さんは、それが気に入らなかった。
「ちょっとミカコ、あんたヤヨイちゃんに文句でもあるの?」
 ふてくされる私。
 だけどキレた母さんは、誰にも止められない。
「ミカコ。あんたはね、もう死んでるんだから、そんな目をする資格も無いのよ!」
 ……あっ!
 ああ、そうかあ。
 そういえばそうだったなあ。

 はいはい、分かりましたよ。私は少し前に死んだんでした。黙って叱られてればいいんでしょ……。




 大きな病院の白い集中治療室。
 病床の母はついに息をひきとった。
 そのそばで、ミカコとヤヨイがさめざめと泣いている。

 二人も、もうずっと前に死んでいる。




 『……もうずっと前に死んでいる。』
 ここまで書いて、俺は慌ててファミレスの席を立った。
 うわ、俺、なんで今まで勘違いしてたんだろ。
 レジを素通りして外に出る。店員は追ってこない。

 頭にモヤがかかっている。ボケボケだ。しっかりしろよ、俺。
 自分でも、俺がこんなにも壮大なドジをやらかすなんて信じられない。
 うっかり、自分がしがない文筆業者のままでいるような、そんな気になっていた。
 あんなにも熱心に話をしてもらっても、俺は取材対象の女性に払うギャラも持っていない。

 だって俺、もう死んでたんだった。

 

(2014年 12月)